なつこのはこ(創作のはこ)

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サークルお題

ニコッとタウン・自作小説倶楽部サークル・6月お題『雨』/「雨粒」1

      Ⅰ
 天気予報では梅雨前線が活発化して、大雨になると言っていた。

 就業時間が終わるまであと三十分程、既に雨は本降りになっているらしい。続々と戻ってくる営業の人たちは皆びしょぬれだ。
今日の合コンは中止だってという声や、電車が止まらないといいがと心配する声が飛び交っている。入社三年目の私も急いで帰り支度をする。

 外へ出ると傘を打つ雨音が大きくて、跳ね返る雨粒にパンプスの中までびしょ濡れになった。梅雨時は本当に嫌になる。お洒落しても髪はぐちゃぐちゃ、服は湿気や汗でべとつくし。最近は可愛い長靴や雨コートも売っているけれど、短い期間のために買うのもなんだか気が引ける。でもやっぱり買った方がいいかなと思いながら、電車を降りる。
 いつもより人の多い改札口を出ると、人だかりになっているバス乗り場が見えた。案の定バスは止まっているようだ。一体どれくらい待てばいいんだろう、とため息をつきながら、同じく列の並んでいるタクシー乗り場へと向かう。
 その時駅のロータリーを、一台の車がもの凄いスピードで走り抜けて行った。排水溝に流れきれない大きな水たまりの上を。
 あっと思う間もなく、私は大量の水しぶきを頭からかぶってしまっていた。
 傘の内側から、ぽたぽたと雨水が落ちてくる。
 信じられない。どうしてあんなスピードを出して走るのよ。
 髪からも水がしたたり落ちてくる。服も泥水で汚れてしまっていた。最悪だ。濡れた服が肌に張り付いて気持ちが悪い。その上肌寒くなってきて、風邪を引きそうな嫌な予感がする。気力をなくしてしまった私は、その場に座り込みたい気分だった。
 ふわり。
 その時、私の肩に何かが掛けられた。
 あったかい。
 それは背広だった。
「羽織っていてください」
 同世代くらいの男性が心配そうな顔付きで、私のことをみつめていた。
 知らない人だ。
 慌てて背広を返そうとする私を、彼は横を向いて手で制止した。
「その・・・、透けて見えるので」
 胸元を見ると、濡れたブラウスから下着が丸見えだった。見られた。どうしてこうなるの、もう。
 でもこのままでいるのは嫌だし、ご好意に甘えることにした。それに、ちらりと見た彼の顔は少し赤らんでいた。いい人、なのかもしれない。
 そのままなんとなく連れ立ってタクシー乗り場に並んだ。
 それにしても、この人はあの時どこにいたのだろう。背広も少し泥水で汚れていたから、近くにいたんだろうか。
 背広は私には大きくて、とても暖かかった。それと、ほんのり心地よいコロンの香り。少し汗の匂いもしたけれど、それが嫌でなかったのは、彼の優しさが嬉しかったからなのかな。
 タクシーは一時間くらい待っただけで順番が来た。乗るときに丁寧にお礼を言うと、背広を彼に手渡した。もう会うことはないだろう相手だし、洗って返すという言葉は使わなかった。
 彼は、私の胸元を見ないように気遣ってくれていたように思う。どういたしましてと笑顔で答え、ドアが閉められるように一歩後ろへと下がった。
 走り出す車の窓から見えたのは、タクシー待ちの列から離れる彼の姿だった。
 近くに住む人だったんだろうか。背広を貸してもらった上、付き合わせてしまった申し訳なさに、でもどうすることもできず彼の後姿を見送った。
 いつか会うことがあったらもう一度お礼を言おう。そう考えながら、私は微かなコロンの香りを思い出していた。

     Ⅱ
 今日は、新品の傘をおろした。
 セールで買ったものだけれど、狙っていた物だったから気分がいい。
「おはようございます」
 聞き慣れた声に振り返る。
 打ち付ける雨の中で、傘をさした爽やかな笑顔の彼がそこにいた。
 あの日の翌朝、駅のホームで彼と会った。電車の時間が同じだった、というよくある偶然。お礼とクリーニングに出さなかったお詫びを伝えると、彼は笑って気にしないでくださいと言ってくれた。
 それから、駅でよく出会うようになった。本当は今までも会っていたのかもしれない。あの日までは、ただの知らない他人だった。だから、お互い気に留めていなかっただけなんだろう。
 会っても挨拶する程度だけれど、そんな日は一日中なんだか気分がいい。今日は新調の傘だし、いいことがあるかも。
 そこまで考えて、気付いた。私は彼に会えるのを心待ちにしていたのかもしれない、と。
 まだ使える傘があるのに新調してみたり、同じ時間の電車に乗り、必ずいつもの車両待ちをするようになったのは・・・。
 社会人になって付き合った人はいたけれど、別れてからもう一年くらい経つ。普段は家と仕事場の往復で、時々女子会で騒ぐくらい。合コンに行く気にもなれず、結婚しない若者の一人になりつつあるのかもと思っていた。
 そういえば仕事中に、ふと彼のことを考えている時がある。朝も、また会えるかなと楽しみにしていたりする。
 それって、恋、なんじゃない?
 恋、か。ふふ。
 そう思うとなんだか、ふわん、とした気分になった。
 その時車両の微妙な冷風の中に、微かなコロンの香りがした。彼と同じ物だ。いつの間にか覚えてしまった香り。
 そう思って目の前に立つ人を見上げると、果たしてそこには、彼がいた。
「相変わらず混んでいますね」
 苦笑する彼に、頷く。
「苦しくないですか」
 大丈夫です、と小声で答える。自分の気持ちに気付いてしまった今、なんとなく彼と瞳を合わせるのが恥ずかしい。
 気付けば、彼との間には少し空間があった。満員の筈なのに、密着しないように吊革に両腕を預けて身体を支えている。それで冷風が彼の香りを届けてくれたんだろう。
 気遣ってくれているのかなという嬉しさと、密着しても構わないのにという大胆な気持ちが交錯する。
 私が下りる駅まではあと二駅。
 こうして彼と一緒にいられるのも、あと少し。もっとこの時間が長く続けばいいのにと思うけれど、無情に電車は走り続ける。

     (つづく)




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