なつこのはこ(創作のはこ)

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「えにし~縁~」

えにし~縁~ その6

  えにし~縁~ その1
えにし~縁~ その2
えにし~縁~ その3
えにし~縁~ その4
えにし~縁~ その5
(つづき)

 しばらく忙しかった彼女から、急に連絡があった。
「仕事、ひと段落ついたの?」
 忙しいと、半月くらい連絡がないこともよくあるから、私からはなかなか連絡することができない。ずっと気にはなっていたけれど、あの後のことも話す機会がなかった。
「それは、まだ」
「相変わらず大変ね。ところで細谷くん、大丈夫だったの? 事務所の人とか、知り合いの人とか・・・」
 立場的にはこちらは被害者のような扱いだろうけれど、彼女にも迷惑をかけてしまったのではないだろうか。
 でも、私の問いには答えてくれなかった。
「今から会える? 無理ならいいんだけど」
 まるで、無理な方が良いような言い方で、彼女にしては珍しい言い回しなのが気になった。
「会えるよ。今夜は、主人のご飯がいらないから、そっちでご馳走になろうかな」
「・・・そう。じゃ、家で待ってるから」
 主人の晩ご飯がいらない日は、時々家まで遊びに行ってご馳走になる。家族のために作る料理は、いつ食べても美味しい。
 ただ、彼女の声はいつもとどこかが違っていた。不審に思う私に問いかける間を与えることなく、電話は切れた。
 何だろう、と思いながら支度をする。家まで歩くこと十五分。彼に関して何かあったのではないかと心配になってきて、だんだん早足になってゆく。
 彼女の家に着くと靴をぬぐのももどかしく、真っ先に彼のことを聞いた。電話の時と同じく、はっきりとした返事はくれなかった。やはり問題が起きていて、話が長くなるのかもしれない。気持ちを落ち着けなければと思っていると、彼女はリビングの手前にある自室の扉を開けた。そして振り返ると、複雑な表情を浮かべる。
「・・・ちょっと仕事が残ってるの。すぐに済むから、冷蔵庫から好きな物出して飲んでいて」
 仕事の方が大事だから仕方がない。聞きたいことは山のようにあるけれど、一人ダイニングキッチンへ入った。勝手知ったる我が家のように、飲み物をグラスにつぐ。

 リビングへ向かった私は、思いがけない光景に足を止めた。
 見慣れたソファーに座っていたのは、あの、細谷琳だったから。
 これは、夢?
 何故、ここに彼がいるの?
 私は幻影でも見ているの?
 友人の家のリビングと、そこにいる彼の姿がそぐわなくて、私の頭の中は混乱した。
「ようやく会えた」
 相も変わらず、美声だった。ドラマのワンシーンと違うのは、最初に見た作り笑いではなく、本物の笑顔だということ。
 そんな顔をされたら、どうしたらいいのかわからなくなる。私はグラスを手にしたまま立ち尽くしていた。
 彼が立ち上がる。家の中だと、彼の背の高さが強調される。
「ずっと信じてもらえなくて、連絡を取ることができなかったんだ。本当に会いたかった。来てくれて嬉しい」
 数歩先に、彼がいる。
 彼の声に捕らわれてしまったかのように、目が離せなくなる。みつめられて一気に思い出す、あの時の感覚。
 囁く声、大きな手、力強い腕。温かな広い胸と彼の匂い。
 そして、深い深い口づけ。
 鮮やかに蘇るあの瞬間を、不貞な行為であるにも関わらず、今、嬉しいと感じてしまっている。もう、私の中では俳優の細谷琳ではなく、一人の男性として見ているのだ。そんな自分に愕然とする。
 固まったままの私を不審に思ったのか、心配そうに尋ねてくる。
「まさか何も聞いてない? 俺がいるって知らなかった?」
 はい、と答えた。それ以上の言葉が出てこない私に、より一層不安を募らせたようだ。
「俺に会いたかった? 会いたくなかった?」
 彼は会いたかったと言ってくれた。反対していた友人の家に、私と会うために来てくれた。それは、どれ程大変なことだったろう。
「・・・会いたくなかったのなら、俺、帰ります」
 そこにいたのはドラマで見る颯爽とした彼ではなく、寂しそうな表情をした一人の男性だった。
 帰らないで欲しい、もっと一緒にいたい、そう私は願った。でも、本心を明かすわけにはいかない。
「あまりのことに驚いてしまって」
「それなら会いたかったんだって、思っても構わない?」
 途端に少年のように笑う彼に、つい頷いてしまった。頭の中では、もう一人の自分の声が響いているのに。
(彼は俳優よ。演技かもしれないじゃない)
 そんなことはわかっている。
 でも、今こうして彼といることを、私は選びたかった。

「あの、さ。もう一度、手を握っても構わないかな」
 改めて確認したいのだと言う。無理もない。お互い同じことを考えていたのだ。
 あの時、私は途中で抵抗するのをやめてしまった。憧れの芸能人が相手だったせいなのか、一人の男性として受け入れてしまったのか、どちらなのかを知りたかった。
 それに、この家には彼女がいてくれる。そんな安心感が大胆にする。
 彼が、こちらへ近付いてくる。
 私はグラスをテーブルに置き、濡れた手を無意識に服で拭いていた。そんな様子を見て、彼がふっと笑う。そんな吐息だけで魅了されてしまう。彼の声には、どんな魔法がかかっているのだろう。
 差し出した手を、彼は壊れ物にでも触れるように、そっと握った。そのまましばらくじっと何かを考えているように、目をつむる。
 包み込むような大きな手。優しさの伝わってくる温もりだった。
 でも私は、じっと動かずにいる彼を見て、少し落胆していた。
 やはりあの時は、二人ともどうかしていたのだ。何が起こったのかはわからないけれど、今は何も起こらない。あの時のような彼の熱も感じられない。それは酷く淋しいことだった。

 家に帰ろうと思った。
 その瞬間、彼が目を開ける。
「どうしよう、手を離したくない」
 離したく、ない?
 何かを感じたの?
 あの日のことが蘇る。手を引っ張られると思い、足を踏ん張ろうとした。
 でも、既に彼に抱きしめられていた。
 やすやすと彼の腕の中に収まってしまったのは、どこかで自分が拒まなかったからだろう。頭の中には、主人の顔が浮かんでいるのに。
 優しい温もりに我を忘れそうになりながらも、冷静にならなければならないと必死に自分を制する。
 告げなければいけない。現実を。彼に。
「私、結婚してます」
「知ってる」
 彼は即答した。
「あなたより、十歳以上も年上です」
「関係ない」
 私をみつめる彼の瞳は揺るがなかった。間近でみつめられている私の方が、挫けそうだった。
「全部聞いてる」
 思った通り、事務所の人にも反対され、彼女も信じることはしなかったようだった。こうして会わせてくれても、誰も信じていないんだろうな、とぽつり彼は言った。
「あなたも信じてはくれない?」
 耳元で囁かれる彼の声はやっぱり心地よくて、このままでいいと思ってしまいたくなる。だから、これ以上話し続けて欲しくなかった。
「信じるとか、そういう以前の問題でしょう」
「結婚していなければ?」
「仮定の話をしても仕方ないわ。私は、おばさんで人妻なの」
 答えながら、ただただみじめだった。私は恋とは無縁の世界に生きているのだ。もっと早くに会えていればなんて、歌のフレーズのようなチンケな言葉が頭をよぎる。
 一瞬、彼の瞳が揺らぐ。
「・・・病院へ通っているのに?」
 私は言葉を失った。
 そのことを知っているのは、ほんの一部の人間だけだ。
「芸能人ってね、いろいろあるんだよ。あなたが出てきた医院、俺も一時期通ってた」
 見られていた? いつ?
「それであなたの友人を問い詰めた。最後まで教えてはくれなかったけど。でもあそこは、精神科しかないよね」
 人に知られたくない、そういう科だからこそ、知り合いには会わないような医院を選んだ。それなのに、まさか同じ医院に通っていたなんて。
 病気の原因は、主人にあった。
 かつては別れることも考えた。
 でも、病気を抱えながら働くことは無理だったし、結果、結婚生活を続ける方を私は選んだ。今、私たちは世間で言う仮面夫婦である。
「・・・その病院代を出しているのは主人よ」
「だったら別れて、俺と一緒になろう」
 何を言っているんだろう、と思った。
 不倫だ、略奪愛だと騒がれるに決まっている。それも美人で有名人ならともかく、私相手では俳優生命にも係わってくる。誰がそんな二人を認めてくれると言うのだろう。
「自分が何を言ってるのかわかってるの?」
「もちろん」
 出会いの時に電流が走りましたって言って結婚して、その後離婚した人間がどれだけいることか。互いのことも知らずに電撃婚なんかして、破局したカップルだってたくさんいる。
 自分の存在は、妨げにしかならない。そう思って、彼の腕から逃げようとした。
 けれど、彼は私を離してくれなかった。
 嬉しかった。でも、受け入れてはいけないのだ。
「・・・離して」
 弱気な声だったからだろう。彼は断固拒否をした。
 彼が私の腕をつかんで、リビングを出る。
 その音に、友人が自室から出てきて、廊下にたちはだかった。
「どいて下さい」
 強い意志を込めた彼の言葉に負けることなく、彼女は言った。
「無理矢理なら、通さない」
 彼女の顔を見ることができなかった。
 私はどうしたいんだろう。
 このまま、彼について行ってもいいんだろうか。
 何も考えず、甘い将来を夢見ることができれば良かったのに。
 そうするには、年を重ね過ぎていた。
 でも、私の腕を掴む彼の手は熱い。その熱は、私を柔らかく包んでくれる。
 心に従うのか。道徳に従うのか。
 こんなに急に人生の岐路に立たされて、すぐには決められなかった。
 黙ったままでいる私に、友人は言った。
「自分が一番よくわかっているでしょ」
 突き放しているようにも聞こえるけれど、私がどういう人間か、信頼してくれている言葉だった。
 彼女が望んでいた答えではなかったかもしれない。でも、どんな結論を出したとしても、彼女はいつも受け入れてくれる。私がそう決めたのなら。
「行くわ」
 ようやく彼女の顔をみつめて答えることができた。
 彼女は黙って、道をあけてくれた。
「いろいろ、ありがとう」

 彼は私を見つめて微笑むと、掴んでいた腕を離して、手をつないだ。
 三十二歳の俳優と、四十四歳の人妻。
 私たちの前には、大きな嵐が待っている。その先にあるものはなんだろう。
 彼女の視線を痛いほど背中に感じながら、私たちは家を出た。

     (つづく)


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