なつこのはこ(創作のはこ)

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「えにし~縁~」

えにし~縁~ その4

  えにし~縁~ その1
えにし~縁~ その2
えにし~縁~ その3
(つづき)

 運命の日が訪れる。
 友人の後ろに隠れるようにして、芸能事務所へと入る。彼女は堂々としているけれど、私はただの一般人だ。受付でも、何か言われるのではと一人冷や汗をかいていた。
 マネージャーの一人だという人に事前に注意を受けたのは、はしゃぎ過ぎないことだった。どうやら、一部の熱狂的なファンのせいで懲りているらしい。それなら私も会ってはいけないのでは、と思った。
 そんな不安を抱えながら、会議室前にあったソファーに友人と腰掛けて待つ。ほとんど会話もせずに、時間が過ぎるのをただ待った。
 事務所の廊下は、思っていたよりも地味だった。華やかな世界も、裏側はこんなものなのだろうか。
 ふと、自分の着ている服が気になった。大好きな花柄のワンピース。けれど、会議室前の廊下では、浮いているように感じた。この服で良かっただろうか。若作りして、と苦笑いされてしまうだろうか。別にそんなこと誰も気に留めたりしないよね、と自嘲もした。
 隣に友人がいてくれなければ、私はその場から逃げ出していたかもしれなかった。

 ガチャリ。
 ふいに、扉が開いた。
 思わず立ち上がる。期待と不安と緊張で、身体ががちがちに固まっているのがわかる。
 でも、部屋から出てくる人たちにじろじろと胡乱げに見られて、いたたまれない思いになってしまった。
(やっぱり来てはいけなかったんだ)
 ようやく現実だとわかった、などと言ったら笑われるだろうか。
 十人近くの不躾な視線に耐えた後、彼、細谷琳が先ほどのマネージャーと一緒に出てきた。
 あらかじめ、話しはついていたのだろう。彼はテレビで見るのと同じ笑顔、つまりは作り笑いで近付いてきた。
「あなたですか」
 まっすぐにみつめられて、私はひどく焦ってしまった。
 実物の彼は、テレビで見るよりもずっと恰好良かった。しかもたった一言なのに、生の声の迫力たるや想像以上だったのだ。腰砕けにこそならなかったけれど、もっともっと声を聞きたいと願ってしまう程の美声だった。
「いつも応援して頂いているって聞きました。ありがとう」
 どう見ても私の方が年上だから、丁寧な言葉遣いで、手が差し出された。
 声に聞き惚れていた私は、その手を、ドラマの一場面のようにぼうっと眺めていた。隣にいた友人がつついて教えてくれなかったら、握手をしてくれるのだといつまでも気付かなかったかもしれない。
 私は慌てて手を出そうとした。彼の手が視界から消えてしまう前に。
 間が空いたせいなのか、芸能人としてのプライドなのか、彼は、私の手をつかむようにぎゅっと握ってきた。怒らせてしまったのかと危惧しながらも、私は彼のその手の感触に心を奪われていた。
 大きくて、細く長いしなやかな指。
 全然気付かなかった。彼がこんな手をしていたなんて。手フェチなのに迂闊だった。
 強くつかまれていた筈の手は、いつの間にか、優しくふわりと包まれていた。
 そうだった。周りには人がいる。彼も気を遣ったのだろう。芸能人とファンとの握手。ただ、それだけのこと。
 彼の手の温もりを感じながら、いずれ離れていってしまう淋しさをひしひしと感じた。
 妄想とは違い、現実はここまでだ。こうして会えて、握手ができただけでも満足しなければならない。そんなことを考えていたから、我が身に起こったことが信じられなかった。
 気付いたら、私は彼の胸に顔をうずめていたのだ。
 心臓の音が耳を通して響いてくる。鼓動が、早い?
 その上、私の耳元で呟いた。
「ほんとにあるんだ」
 その瞬間、本当に私は腰砕けになって、足元から崩れ落ちそうになった。そうならなかったのは、彼が私を一段と強く抱きしめたからだ。
 吐息が耳にかかる。声だけでなく、吐息だけでも、腰から下の力が抜けていく。
 もう駄目かもと思った時、声がまた耳元に落ちてきた。
「やばい」
 いきなり彼は、私を皆から隠すようにくるりと背を向けた。勢いで振り飛ばされそうになった私は力強い腕に支えられると、唇を奪われていたのだった。
 久しぶりに感じる唇の熱さ。
 間近に迫る瞳に映っていたのは、自分の大きな目。
 視線が合うのを確認したかのように、その後彼の瞳はゆっくりと閉じられた。意外に長い睫と共に。
 キスをされているのだと、我に返る。ところが、離れようとしても大きな手でしっかりと頭を押さえられていて、口づけは深くなっていく一方だった。
 次第に、抵抗する力がなくなっていく。
 私の身体も熱くなり、もうどうでもいいとまで思いかけていた。そのまま意識が遠のいていきそうになったのに、ふいに現実に引き戻される。別の熱を感じてしまったのだ。下半身の方で。
 私は動けなくなってしまった。
 突然の出来事に、周りにいた人たちも驚いて固まっていたけれど、当然のことながらマネージャーが一番に動いた。
「細谷!」
 どのくらいの時間が経っていたのかはわからない。でもその声が、止まっていた時を動かした。
 私たちは皆に引きはがされ、二人の間には、マネージャーと友人が立ちはだかった。
 それでも彼は、私から視線を外さなかった。
 あのキスは、五分にも十分にも思えた。私の身体も反応してしまったのは、キスのせい? それとも、ファンにとって夢のような出来事だったから?
「何するのよ!」
 友人の鋭い声が、彼に突き刺さる。
 私をかばうようにして立つ彼女が、彼を責めている。
 その言葉を聞きながら思う。所詮この世界では日常茶飯事、ということなんだろうか。あの、熱、も。
 私の顔が曇ったのがわかったのか、彼は叫んだ。
「違う」
(ちが、う?)
 引きずってでも連れ去ろうとするマネージャーに必死に抵抗しながら、彼は大声で叫び続けた。
「ほら、よく言うだろ。会った瞬間に電流が走るって。本当に走ったんだ。気付いたら抱きしめてた。キスをしたのも、止められなかった。俺が普段そんなことをしないのは、あんたたちだってよく知ってるだろ!」
 彼はずっと私をみつめていた。本気なのだ、と。
 でも私は、彼の温もりが消えていくのを感じながら、冷静になっていった。
 それはとても空しくて、哀しい現実だった。


     (つづく)


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