なつこのはこ(創作のはこ)

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ショート・ショート

「夜空の星」

   会社帰りに、葵は本屋へ立ち寄った。
 本を買おうと思ったわけではない。探している本があるわけでもない。家路を急ぐ必要のない葵にとっては、ただの時間つぶしだ。
 聞くともなしに耳に入ってくる、店内の音楽。その曲名に気付いた彼女は、眉間に皺を寄せた。
『星に願いを』
 この歌が、葵は嫌いだった。
 夜空にたくさん輝く星の、一体どれに願いをかければいいのだろう。
 大きい星の方が、小さい星よりも、願いをかなえてくれるのだろうか。
 近くにある星の方が、遠くにある星よりも、早く願いをかなえてくれるのだろうか。
 皆が同じ星に願ってしまったら、順番待ちになって、なかなか願いをかなえてもらえないのだろうか。
 それとも、星なら無数にあるのだから、全ての人の願いをかなえてくれるとでもいうのだろうか。
 そんなことばかりを考えてしまうから、葵は、この歌が嫌いなのだった。
(叶えてくれるというなら、お願いだってなんだってするわよ)


 本屋を逃げるように出ると、晩ご飯を買いにコンビニへ入った。
 電車が着いたばかりなのだろう。コンビニ内には、同じような独り者で溢れかえっている。
 賑わいを見せるお弁当コーナーを尻目に、葵はインスタントラーメンの棚を眺めていた。
(あんまり食欲ないな)
 適当にラーメンを選ぶと、翌日のパンと珈琲をかごに入れて、レジに並んだ。
 最新の曲が終わって、次に流れてきたのは『上を向いて歩こう』だった。
(この歌の方が、余程前向きだわ)
 葵は、レジ袋を下げて、コンビニを出る。
 自然とコンビニで聞いた歌を口ずさんでいた。歌のとおり、歩きながら上を向いてみる。
(こんなに星って見えたっけ)
 さそり座、こと座、わし座、はくちょう座。
 どれが夏の大三角形だったか、星お宅の夫から何度教えられても、葵は覚えることが出来なかった。
『もし、俺が先に死ぬようなことがあったら、星になって、空の上からおまえのこと、見守っているからな』
 プロポーズの後に、そんな縁起でもないことを言った彼は、その言葉通り、結婚式の4ヶ月後に逝ってしまった。
(どれがあなたの星なのよ)
 じわり、と目に涙が浮かんでくる。
 上を向いても、涙はこぼれ落ちてくる。
 夜とはいえ、通行人がいないわけじゃない。葵は涙を拭うと、ぐっとこらえた。
(そういえば、この歌、独りぼっちの夜って歌詞だった)
 2人で暮らした2LDKのマンションは、独りで住むには広すぎる。
 葵はマンションの下まで来ると、自分の部屋を見上げた。
 誰もいない、真っ暗な部屋。
 他の部屋には幾つも灯りが点いている。どんな人たちが住んでいるのかは知らない。皆それぞれに、色々なものを抱えているのかもしれないが、それは温かく、幸せそうに、葵の目に映った。


 詮無いことを、と彼女は自嘲してエレベーターへ乗り込んだ。
 夜になると一人きりの部屋へ戻り、朝になると、一人きりの部屋から出勤する。
 家と会社を往復する、単調な毎日。
 一緒に笑う人も、喧嘩する相手もいない。
 部屋へ入るとすぐに窓を開けて、新鮮な空気に入れ換える。
 ビールを片手に、葵はベランダへ出た。
 5階から見える家々の明かりを見るのが辛くて、葵は、もう一度、空を見上げた。
 夜空いっぱいではないけれど、点々と輝く星々。
(叶えてくれるというなら、あの人に逢わせてよ)
 叶う筈もない願い。
 葵は、残りのビールをぐい、と飲み干した。
(馬鹿馬鹿しい。夢にすら出てこないっていうのに)
 ビールの缶に当たるように、ぐしゃりとつぶす。
 台所へと向かう葵の後ろで、カーテンが風に揺れた。
 心地よい風に、葵が振り向く。
 誰もいない、がらんとしたリビング。
 星仲間なんて3人しかいないのに、皆が来ても座れるよ、と夫が選んだ大きなソファーセット。
 出しっぱなしの、場所を取る大きな天体望遠鏡。
 そして、小さな仏壇の中で、笑う夫の写真。
 葵は、力尽きたようにその場へと座り込んだ。
 涙が止まらなかった。
(あの人に逢わせて。逢いたいの。あの人の側にいたいの。お願い、願いをかなえて)
 2年経っても、悲しみが癒えることなどなかった。
 写真の中の夫は、ただ笑っているだけだ。
 少しばかりうっとうしかった星の話も、もうしてくれない。
「やっぱり嫌いよ、あんな歌なんて」
 葵は涙声で、仏壇の写真に向かって文句を付けた。


 少しばかり気が済んだ葵は、ふぅっと大きく息を吐き、悲しみを振り払うように立ち上がる。
 明日はまた会社がある。泣きすぎた目が腫れないように冷やさなければ。
 そんな風に思う自分が嫌だったが、残された者は生きていかなければならない。そう自分に言い聞かす。
 葵のいなくなったリビングでは、仏壇の中の写真が悲しげに微笑んでいた。
                  【完】
   NicottoTown・自作小説倶楽部サークル・8月小題「星」


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