なつこのはこ(創作のはこ)

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「月にひとつの物語」

「月にひとつの物語・水無月」

   コブシの花が咲いた。
 この花が開くと、田植えの季節となる。その昔、田植えは村の女たちが総出で、各家を順に回って行った。


 早穂の住む村では、田植えの初日と最終日に、庄屋の家で祝宴が開かれる。
 その日は神事にもあたるので、何もかもが特別だ。楽付きで田植え歌を唄いながら、揃いの衣装を着た早乙女と呼ばれる若い娘たちだけで田植えを行う。
 今年は、日露戦争に勝った後で、村にも若い男たちが戻ってきていたから、否が応にも盛り上がっていた。
 若い男には、娘たちの品定めをする絶好の機会である。娘たちも、決して多くはない若い男の気を惹こうと、あれこれと策を練っている。特に、今年は戦死したり、怪我をして帰ってきたりという中で婿候補を選ぶわけだから、尚更真剣だ。
 今年の早乙女は、8人。末広がりで目出度いと選ばれた14~18歳の娘たちである。
 今年は、15歳になる早穂も選ばれた。
 準備のために、雪解けの頃から毎夜、田植え歌を習いに庄屋の家に通った。娘たちは、寄ると触るとどの男が良いかと、大騒ぎをしている。
 そんな中、早穂の選んだ男は、他の娘たちとは、全く違っていた。
 今年43歳になる、太一という3人の子持ちの男だ。
 早穂の父親より2つ若いだけで、女房は3人目を産んだときに亡くなっている。周囲が再婚を勧めても、頑として首を縦に振らず、10年も独り身を貫いていた。
 しかも、長男の良太は、早穂より一つ年上。誰が見ても、そちらの方が、彼女とは釣り合う。
 それでも早穂は、太一の方が良かった。
 年齢差は、少しも感じなかった。若い男たちよりも頼りになるし、見目良いだけの若い男よりも魅力的に映った。
 何より、女房を想い続けて再婚しない、そんな風に愛されてみたい、と早穂は思ったのだ。
 前に一度だけ、尋ねてみたことがある。
「独り寝は淋しくないの?」
 彼は驚いたような顔をして、子どもがませたことを言うんじゃない、と額をこづかれて終わった。
 でも、冬の間に初潮を迎えて、いつでも嫁に行ける身体になった。今年は早乙女にも選ばれて、コナをかけてくる男もいないではない。
 だから、決めた。
 お嫁さんにして、と。
 駄目なら、押し掛け女房になってやる、と。


 初日は、絶好の田植え日和。
 去年は戦争のせいで、若い男がいなかったから、火が消えたようだったが、今年は大いに盛り上がった。
 その夜の祝宴も無礼講で、村人が庄屋の庭先で酒を酌み交わし大騒ぎとなった。
 早穂は、近付いてくる男たちから、うまく身をかわしながら、太一に近付いた。
「お酒、注いできたよ」
 ありがとう、と返事をする太一の顔は、酔いが回っているのだろう、少し赤かった。
「こんなところに来ないで、若い奴らと飲んでこい」
「いいじゃない。私が、ここがいいの」
 そう言って、太一の隣に座り込む。
 しょうがないなぁ、と笑うその顔が、いつまで経っても子ども扱いされているようで、早穂は下唇を噛んだ。
「…ねぇ、私の早乙女姿、どうだった?」
「ん? 綺麗だったよ」
「それだけ?」
「あぁ、大人になったんだなぁって」
 感慨深げに言うその言葉に、少しも自分のことを意識していないことが見てとれて、早穂は悲しくなった。
 それでも今日は、めげずに言葉を続ける。
「私をお嫁さんにして」
「何を言ってるんだか」
「私は、本気よ」
 太一は、大きな手の平で、早穂の頭をくしゃくしゃと撫でると、こう言った。
「ちゃんと釣り合う相手を選べ」
 太一は、残っているお酒をぐっとあおると、早穂にかんで含めるように話し始めた。
「俺が後添いを貰わなかったのは、子育てと田畑を耕すのに必死で、そんな余裕がなかっただけだ。おまえの言う死んだ女房に操をたてて、ってやつじゃない。頼れるように思えるのも、それだけ長く生きてるからだ。それだけのことだ。とにかく、おまえさんのは、ただの憧れっていうだけで、他の娘たちのような恋というのとは違う。ちゃんと、若い奴らのことを見てやれ」


 途中から、涙が浮かんでいるのを見られたくなくて俯いていた早穂は、恋と憧れがどう違うのか、と次第に腹が立ってきた。
「わかったか?」
 そう言って、顔を覗き込んできた太一に、早穂はきゅっと唇を噛みしめて、みつめ返した。
 真っ直ぐなその視線に、太一が戸惑ったその瞬間、早穂は太一の首に手を回した。
「なっ…」
 そのまま太一を押し倒して、唇を押しつける。
 受け身を取るのが精一杯だった太一は、早穂の口づけから逃げることができなかった。
 渾身の力で、押しつけてくる早穂の身体を押しのけられなかったのは、太一の中にも拒みきれない何かがあったのかもしれない。思えば、小さな時から自分にまとわりつく早穂のことを可愛い子だと思っていたのは、事実だった。
 次第に、周りの人間が、2人の口づけに気付き、いつの間にか辺りはしん、と静まりかえった。
「早穂…」
 呆れ返ったような良太の声と、困惑する早穂の父の声が重なった。
 その声に、ようやく自分たちが注目されているのだと知った早穂は、ゆっくりと太一から離れた。
「私は、太一の嫁になる」
 そう宣言した途端に、村人たちが口々に話し始めて、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「静まれっ」
 そんな騒ぎも、庄屋の一括により、皆は口を閉じた。
「早穂、太一は、おまえの父と変わらない年の男だぞ」
 庄屋の言葉に、早穂はためらわなかった。
「構いません」
「何故、若い男を選ばない」
「ずっと前から太一のことが好きだからです」
 目上である庄屋に、真っ直ぐみつめて言葉を返す早穂に、考えを改めさせるのは難しいようだと、判断された。
「太一は、どう思っている」
「釣り合いが取れません」
「だが、早穂はおまえがいいと言っているんだぞ。若い娘が真剣に選んだ道だ。おまえも真剣に考えろ」
 庄屋と太一は幼馴染みだった。そして、早穂の父親も仲間として育っている。
 太一は困ったように、庄屋をみつめたが、答えを出すしかないと観念した。
「早穂のことは、小さな頃から知っている。可愛い子だとも思っている。でも、女として見たことは一度もない」
 その答えを聞いて、早穂はやっぱり駄目なのかと、肩を落とした。
「ただ、今の口づけを嫌だとは思わなかった」
「それは、これからなら、女として見ることができるということか」
「…かも、しれません」
「ならば、受け入れよ。どのみち、若い男が3人も戦死して、人数が足りないのだ。年の差は、本人たちが良ければ構わないだろう」
 早穂の父親は、長年の太一への想いを知っていたから、早穂のために、とこの話を受け入れた。
 早穂は、嬉しくて、ただただ泣くばかりだった。
 そんな早穂を、太一が優しく抱きしめる。
「田植えが終わったら、祝言だ。俺が媒酌人をしてやる。さぁ、今夜は祝い酒だ。もう一樽開けてやるから、みんな飲め」
 庄屋の気前の良い言葉に、皆がわっと歓声をあげる。
 若い娘たちは、早穂と太一を囲んで、次々と祝いの言葉を掛けた後、自分たちもと意気込んで、それぞれ目当ての男の所へと散っていった。


 早穂と太一は、人目の少ない庭のはずれで2人きりになった。
「本当に俺でいいのか」
「しつこい。太一じゃなきゃ嫌なの」
「そうか」
 そう言うと、太一は、早穂を抱きしめた。
「うん。俺も早穂ならいいのかもしれないな」
「何よ。さっきから、かもしれないって」
「こうやって抱きしめていると欲情するから」
 その言葉に、真っ赤になった早穂は、力強い腕から逃げようとした。
「今更、無理だぞ。俺をその気にさせたのは、早穂、おまえなんだから」
「逃げないわよ。ただ、ちょっと恥ずかしかっただけ」
「人前で口づけておいて、よく言うよ」
 二人は、顔を見交わし、声を上げて笑った。
「だけど、今日はここまで、な」
 そう言って、太一が口づける。
 明日からは、田植えの毎日が続く。田植えは意外と体力がいるものだ。早穂の身体のことを思えば、無理はさせられない。
 そんなことには思いもよらず、早穂は太一の腕の中で、うっとりと目を閉じるのだった。
                       【完】



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