なつこのはこ(創作のはこ)

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ショート・ショート

ショートショート「記憶~深い底の底から」

   何故、逢ってはいけない。
 何故、この腕に抱きしめてはいけない。
 こんなにも愛おしく想っているのに…。


 夜毎見る、不思議な夢。
 武士の格好をして、刀を差している俺。
 奈良へ遠足で行った時に見たような気がする、ちょっと着物とは違う衣装を着た俺。
 青天を剃って、着流しを着ている俺。
 中華風の衣装を着ている俺。
 最初は、なんのコスプレだよ、と思った。
 でも、どんな格好をしていても、変わらないことが一つだけある。
 それは、いつも同じ女が登場すること。
 全く同じ顔ではないし、少しずつ雰囲気が違うのに、何故だか俺は、同じ女だと感じていた。
 夢で見る彼女はとてもリアルで、目が覚めた時には、彼女の手の平の温もりや、抱きしめた時の肩の細さなんかを、しっかりと身体が覚えている。まるで現実にそんな女がいるかのように。否、現実よりももっとリアルに。


 始めのうちは、夢を見るのが楽しみだった。彼女と笑い、泣き、困難を乗り越えて愛を育んでいく課程を、単純に俺は楽しんでいた。
 それが次第に苦しくなっていったのは、夢を見ているのではなく、まるで自分が本当にそんな人生を送っているかのような錯覚を覚えるようになったからだった。
 人生だから、楽しいことばかりではない。辛いことも苦しいことも当然ある。夜中に飛び起きて、ひどく汗をかいていることも度々あった。
 そのうちに、これはただの夢ではなく、俺の妄想などでもなく、記憶の奥底から上がってきた、古い古い昔の記憶なのではないかと思うようになっていた。そのくらい夢はリアルで、現代の感覚では想像もつかない内容だったからだ。それに、俺は日本史があんまり得意じゃない。俺自身が創り出すには、知識が足りなさ過ぎると、そう思う。
 色々な時代を追体験しながら、俺は、夜毎彼女への想いを深くしていった。当時の俺の想いがそうさせるのか、現実の俺が彼女に惚れ直しているのか、区別がつかない程に。


 俺はその彼女によく似た女性を、現実に知っている。
 抱きしめたことなど、ないけれど。
 彼女は、人妻で、子を持つ母だけれど。
 たった一度しか、逢ってはいないけれど。
 もう二度と、逢うことはできないだろうけれど。


 夢の中で、彼女を手に入れては、失って。
 それの繰り返し。
 目が覚めて思い出すのは、現実に生きている彼女のこと。
 今、彼女はどうしているんだろう。
 何故、ただすれ違うだけの女性だったんだろう。
 何故、もう逢うことは叶わないのだろう。
 俺は、少しずつ壊れていたのかも、しれない。


 プライベートがどんなに大変でも、テレビカメラの前ではにこやかに笑っていなければならない。それが、アイドルの宿命。
『新しいアルバムに、歌を作らないか』
 忙しさを理由に断り続けた俺が、久し振りに作った新曲。
 これでいくのか、と何度もスタッフに問われた。
 クールが売りの俺にはふさわしくない歌なんだろう。
 でも、俺はどうしてもこの歌を世に出したかった。そうでなければ、この苦しさから逃れられないような気がしていた。
 それに。
 彼女も聴いてくれる。必ず。自分のことだなんて、これっぽっちも思わないだろうけれど。
 俺のこの歌を、彼女が聴いてくれる。
 それだけが、今の俺の唯一の慰めだった。


 何故、逢ってはいけないんだ。
 こんなにも、互いを愛おしく想ってきた2人なのに。
 何度生まれ変わっても、必ず出会えていた2人だったのに。


 この腕に、抱きしめたい――。
                        【完】



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