なつこのはこ(創作のはこ)
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ショート・ショート
「一人暮らし」(テーマ:旅立ち)
目が覚めると、頭が重かった。
あぁ、曇りなんだな。そう、俺は思った。
今にも雨が降りそうなこんな朝は、頭も身体も重くて、起きるのが嫌になる。
大学に入って3週間、目の回るような毎日だった。授業の仕方も時間の長さも、高校とは全然違うし、洗濯も掃除も自分でやらなくてはいけなくて。慣れない東京での一人暮らしで、疲れが出たのかもしれない。
今日は休もうかな。
そんな気持ちを見透かしたように、メールの着信音が鳴った。
毎朝恒例の、メール音。母さんからだ。
面倒くさいな。どうせ、同じ文面だろ。息子に、絵文字満載のメールなんか送ってくるなよな。父さんに送ってやれよ、その方が喜ぶのに。
東京へ初めて来たのが、入試の時だった。
1つ目の入試を終えて、俺はぐったりとしてホテルへ戻った。
とりあえず寝ころびたかったのに、ベッドは2つとも、土産物と衣類で埋まっていた。
「母さん、これ片付けろよ」
「あぁ、ごめんごめん。誰に何を買ったか、書いておかないとわからなくなっちゃうんだよね」
ヒトが試験やってる間、東京見物かよ、全く。
「はい」
そう言って、目の前に出されたのは、浅草寺のお守りだった。
「何、これ」
「お守りだけど?」
今更? そりゃあ、本命は明後日だけどさ。お守りなら、天満宮のを貰ってきてあるじゃないか。
「見物だけしてたわけじゃないわよ。ちゃんと下宿の下見にも行ってきたんだから。母さんは、こっちがいいと思うんだけど、どうする?」
どっちだっていいよ。
そう答えたら、母さんは、明日決めてくるからとだけ言って、片付けを始めた。
俺はもう、とにかく眠りたくて、ベッドの上に大の字になる。
服くらい着替えなさい、という母さんの言葉を聞いたのは、半分夢の中だった。
1日ホテルに籠もって休んだからか、本命の試験はうまくいったと、自分でも思う。
母さんが決めてきた下宿は、本命に近いところだった。夕食を出してくれるから安心だというのが、母さんの気に入ったところだ。合否発表前なのに、と父さんは呆れていたが、東京ではそれが普通らしい。
自分のベッドにだけ、荷物を広げている母さんに、俺はなるべく優しい言い方をした。
「今日は、どこへ行ってきたの」
母さんの返事は、いつもと同じ調子だった。
「あぁ、水天宮さんへね。千明の安産祈願に行って来た」
来月だっけ、姉さんの出産予定日。
「はい。これ」
そう言って手渡されたのは、水天宮のお守り。
「なんで、俺が水天宮なんだよ」
「試験が終わって、後は天に任せるだけでしょ。案ずるより産むが易しってね」
なんだ、そりゃ。
そう思ったけれど、俺は有り難く頂いておくことにした。
東京へ来て4日間、ずっと俺が苛々して当たりちらしても、一度も怒らなかった。
ごめん。
それから、ありがとう。
母さんの小さな背中をみつめながら、俺は心の中で呟いた。
布団の中から手を伸ばす。
メールを開くと、いつもと違って、色がない。絵文字がなくて、びっしりと文章が打ってあった。
『ご飯、食べた? さっきテレビで、東京はどんよりと曇ってますって言ってたよ。身体、大丈夫? こんな日はいつも調子悪いでしょう。でも、ちゃんとご飯食べて、大学行きなさいよ。昨日、千香ちゃんがね』
終わってる…。
母さん、メール途中だよ。千香がどうしたって?
俺は、思わず笑った。
千香は、里帰り中の姉さんの子で、毎日、家中が赤ん坊のことで大騒ぎだと、前に電話で言っていた。
前半で、ちょっとうるっと来たんだけどな。そんな感傷めいた気持ちは、どこかへ飛んでいった。
えい、と声を出して起きあがると、俺は服を着替えた。
少し狭いけれど、静まりかえった部屋を見回す。
1人、なんだよな。
毎朝の母さんからのメールで、なんだかいつまでも家にいるような気がしてた。
甘えてたかな、俺。
ちゃんと1人でやっていかなくちゃな。
まずは、朝ご飯を食べて、それから大学へ行こう。
あ、やべ。一限の教授、最初からいないとうるさいんだった。急がなきゃ。
俺は、パンをくわえながら、母さんへ久し振りにメールを返した。
『ちゃんと食ってるよ。これから、大学に行く。今朝のメール、途中で送信すんなよな。でも、サンキュ』
【完】(テーマ:旅立ち)
あぁ、曇りなんだな。そう、俺は思った。
今にも雨が降りそうなこんな朝は、頭も身体も重くて、起きるのが嫌になる。
大学に入って3週間、目の回るような毎日だった。授業の仕方も時間の長さも、高校とは全然違うし、洗濯も掃除も自分でやらなくてはいけなくて。慣れない東京での一人暮らしで、疲れが出たのかもしれない。
今日は休もうかな。
そんな気持ちを見透かしたように、メールの着信音が鳴った。
毎朝恒例の、メール音。母さんからだ。
面倒くさいな。どうせ、同じ文面だろ。息子に、絵文字満載のメールなんか送ってくるなよな。父さんに送ってやれよ、その方が喜ぶのに。
東京へ初めて来たのが、入試の時だった。
1つ目の入試を終えて、俺はぐったりとしてホテルへ戻った。
とりあえず寝ころびたかったのに、ベッドは2つとも、土産物と衣類で埋まっていた。
「母さん、これ片付けろよ」
「あぁ、ごめんごめん。誰に何を買ったか、書いておかないとわからなくなっちゃうんだよね」
ヒトが試験やってる間、東京見物かよ、全く。
「はい」
そう言って、目の前に出されたのは、浅草寺のお守りだった。
「何、これ」
「お守りだけど?」
今更? そりゃあ、本命は明後日だけどさ。お守りなら、天満宮のを貰ってきてあるじゃないか。
「見物だけしてたわけじゃないわよ。ちゃんと下宿の下見にも行ってきたんだから。母さんは、こっちがいいと思うんだけど、どうする?」
どっちだっていいよ。
そう答えたら、母さんは、明日決めてくるからとだけ言って、片付けを始めた。
俺はもう、とにかく眠りたくて、ベッドの上に大の字になる。
服くらい着替えなさい、という母さんの言葉を聞いたのは、半分夢の中だった。
1日ホテルに籠もって休んだからか、本命の試験はうまくいったと、自分でも思う。
母さんが決めてきた下宿は、本命に近いところだった。夕食を出してくれるから安心だというのが、母さんの気に入ったところだ。合否発表前なのに、と父さんは呆れていたが、東京ではそれが普通らしい。
自分のベッドにだけ、荷物を広げている母さんに、俺はなるべく優しい言い方をした。
「今日は、どこへ行ってきたの」
母さんの返事は、いつもと同じ調子だった。
「あぁ、水天宮さんへね。千明の安産祈願に行って来た」
来月だっけ、姉さんの出産予定日。
「はい。これ」
そう言って手渡されたのは、水天宮のお守り。
「なんで、俺が水天宮なんだよ」
「試験が終わって、後は天に任せるだけでしょ。案ずるより産むが易しってね」
なんだ、そりゃ。
そう思ったけれど、俺は有り難く頂いておくことにした。
東京へ来て4日間、ずっと俺が苛々して当たりちらしても、一度も怒らなかった。
ごめん。
それから、ありがとう。
母さんの小さな背中をみつめながら、俺は心の中で呟いた。
布団の中から手を伸ばす。
メールを開くと、いつもと違って、色がない。絵文字がなくて、びっしりと文章が打ってあった。
『ご飯、食べた? さっきテレビで、東京はどんよりと曇ってますって言ってたよ。身体、大丈夫? こんな日はいつも調子悪いでしょう。でも、ちゃんとご飯食べて、大学行きなさいよ。昨日、千香ちゃんがね』
終わってる…。
母さん、メール途中だよ。千香がどうしたって?
俺は、思わず笑った。
千香は、里帰り中の姉さんの子で、毎日、家中が赤ん坊のことで大騒ぎだと、前に電話で言っていた。
前半で、ちょっとうるっと来たんだけどな。そんな感傷めいた気持ちは、どこかへ飛んでいった。
えい、と声を出して起きあがると、俺は服を着替えた。
少し狭いけれど、静まりかえった部屋を見回す。
1人、なんだよな。
毎朝の母さんからのメールで、なんだかいつまでも家にいるような気がしてた。
甘えてたかな、俺。
ちゃんと1人でやっていかなくちゃな。
まずは、朝ご飯を食べて、それから大学へ行こう。
あ、やべ。一限の教授、最初からいないとうるさいんだった。急がなきゃ。
俺は、パンをくわえながら、母さんへ久し振りにメールを返した。
『ちゃんと食ってるよ。これから、大学に行く。今朝のメール、途中で送信すんなよな。でも、サンキュ』
【完】(テーマ:旅立ち)
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Re: Re: タイトルなし
> ノベルテンプレート管理人さん、ようこそ。
> お知らせありがとうございます。再ダウンロードしました。
> お知らせありがとうございます。再ダウンロードしました。
- #220 natu
- URL
- 2009.03/16 17:30
- ▲EntryTop
Re: タイトルなし
しずくさん、ようこそ。
ありがとうございます。
ぜひ、お母様に連絡してくださいませ。
きっと喜ばれると思います。
ありがとうございます。
ぜひ、お母様に連絡してくださいませ。
きっと喜ばれると思います。
- #222 natu
- URL
- 2009.04/03 21:01
- ▲EntryTop
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