なつこのはこ(創作のはこ)

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「昔々のお話」

昔々のお話・2「大勢の中の一人」その2

  (昨日のつづき)

 カヤは、チィたちが暮らす集落に寝泊まりしている。
 物々交換のために様々な集落を訪れ、色々な情報を仕入れるのが、カヤの仕事でもある。この辺りを回るときは、いつもここを拠点としたため、滞在期間は自然と長くなるのだった。
 あの日から、チィの視界には、いつもカヤの姿がある。
 チィが目で追うのか、カヤが視界に入ってくるのか。
 そんな苛立つ日々が続いていたが、今日は顔を合わせなくても済む。近くの集落まで用事を頼まれたからだ。
 届け物を渡すと、一緒に来た男の用事が済むまで、少し歩いてみることにした。他の集落へ来ることはほとんどない。山の中にある集落だから、景色も違う。色づき始めた黄葉を眺めながら、チィは久し振りにのんびりとした気分を味わっていた。
「珍しいな。こんなところで会うなんて」
 振り向かなくともわかる。
 チィは、わざと知らん顔をして歩き続けた。
「やたらと歩くと、迷子になるぞ。あぁ、そうか。おまえは迷子にならないんだったな」
 無視するつもりだったのに、迷『子』と言われて、つい言い返してしまった。
「子どもじゃないんだから、迷うことなんてないわよっ」
 チィの言葉は、微妙に間違っている。
 可笑しそうに笑うカヤを見ながら、怒りは増すばかりだった。
「それからもう、あんなことしないでよねっ」
 何だっけ、とカヤはとぼけた。
 人を小馬鹿にした表情が、一層チィを苛立たせる。
 先日、川で洗濯をしていた真っ最中、いきなり両手を握られたのだ。あまりにも驚いて、あやうく洗濯物を川へ流してしまうところだった。
「あぁ、あの時。温めてやろうかと思って」
 洗濯をしていたのは、チィだけではない。他に何人もの女がいた。
 期待してしまいそうな自分に、ひたすら言い聞かせる。自分だけが特別なわけじゃない。誘いを断った女が珍しいだけだ、と。
「冷たい水の中で、懸命に洗ってるのを見てたらさ、ちっこいのに頑張るなぁって思ったから、つい」
 チィの顔がこわばった。それに気付かないのか、カヤは言葉を続ける。
「だって、ほら」
 そう言って、カヤは大きな手のひらを、頭に乗せる。
 チィは、その手を払いのけて睨み付けた。間近で見上げるカヤは本当に大きくて、チィの背は胸にすら届かなかった。そんな姿を、楽しげにカヤは見下ろしている。
 その表情があんまりにも楽しそうで、腹が立ったチィは、思いっきり目の前にあるお腹めがけて、握り拳を突き出した。
「痛っ」
 チィは、走って逃げてゆく。
 不意をつかれたカヤは、お腹をかかえてうずくまった。
 チィのことは、母親のお腹の中にいた頃から知っている。本気で突っ掛かってくるのが楽しくて、ついからかってばかりいた。
 それでも、いつまでも後ろ姿ばかりを見ているわけにはいかない。
 遠ざかったゆくチィをみつめながら、カヤは心を決めたのだった。


 不機嫌な顔つきのまま、チィは集落へと戻る。
 そこには、今し方殴りつけたばかりのカヤが、待っていた。
「何よっ」
 身構えるチィに、カヤが近付く。
 あっという間に抱き寄せると、まるで荷物でも乗せるように、ひょいと肩に担ぎ上げた。
「何するのよっ。下ろしてっ。下ろしてよっ。もう、下ろせってばっ」
 暴れる両足をなんなく片手で押さえ込み、無言で歩き出す。
 自由になる両手で背中を叩き、大声で騒ぐチィに、何ごとが起こったのかと、皆が集まってきた。ついぞ見たことのない真面目なカヤの表情に、誰もが疑問を口に出せず、成り行きを見守っている。
 1人チィが騒ぎ続ける中、カヤは悠々とおばばの家に入っていった。
「そなただったのか。チィが随分と暴れていたようじゃな」
「あぁ。おばば、潮時だ」
 そう言うと、チィをどさりと投げ出した。
 声の枯れてしまったチィは、思い切りぶつけたお尻を撫でながら、うらめしそうにカヤを見上げる。
 そんなチィには見向きもせず、カヤはおばばと目と目を見交わし、頷いた。
「話はつけてある。来月、また来るから」
 それだけ言うと、カヤは出ていった。
「…ま、待ち、なさいよ…」
 後を追おうと、ふらふらと立ち上がったチィを、おばばの静かな声が呼び止めた。
「ナウラ」
 チィは、びくっとして固まった。
 両親とおばばのみが知る、本当の名。
 名を呼ばれるのは、重要な話がある時だ。
 チィは、おばばの前に、畏まって座った。
「カヤが長命の種族だということは知っておろう」
 チィは、頷いた。
 当時、稀に不思議な力を持って生まれてくる者たちがいた。それらの多くが、通常よりもはるかに長く生きたので、長命の種族と呼ばれていた。
 そういった者たちだけで暮らす郷(さと)が、山の中のどこかにある。その郷で作られる保存食や道具は、普通のものとはどこか違っていた。カヤは、そういったものを背負ってやって来るのだ。
「そなたの力は、なかなか現れぬな」
 チィは、耳を疑った。おばばは今、何と言った?
「そなたは、あの男と同じ仲間じゃ」
 突然、何を言い出すのだろう。チィは声も出せずに、おばばの顔をみつめた。
 おばばは優しく微笑んで、話し始める。
 生まれた時、チィは、一度消えた。うっすらと小さな体が光り、そして、消えたのだ。産み落とした母ですら気付かないほどの、ほんの一瞬。
 それを目の当たりにしたおばばは、この赤子が力を持つ者だと、この集落では育てられない子であると、知った。チィの力は、他人に影響を与えるものではなかったため、しばらくはこのまま育てても良いだろうと、カヤと相談して決めた。
 だが、長命の者は、成長が遅い。いずれ、皆がそのことに不審を持つ。
「ナウラ。ここを出て、カヤの住む郷へ行け」
 チィは、あんぐりと口を開けた。
 生まれた集落を出る者など、誰もいない。いや、いるにはいるのだ。10年に一度くらい、よその集落へと嫁に行く女が。同族婚で濃くなっていく血へ、新たな息吹を取り入れるために。
 皆にはそう話すと、おばばは言った。
(シュウ…)
 優しい笑顔が、チィの脳裏をよぎる。
「定めじゃ」
 厳しい一言に、否やは言えぬのだと、チィは悟った。
 大きな目から、涙が落ちる。
 静かに泣き続けるチィを、おばばは抱きしめ、そっと背を撫でるのだった。


           【次のお話をお楽しみに】



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