なつこのはこ(創作のはこ)

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「昔々のお話」

昔々のお話・1「名を教えて」その2

  (昨日のつづき)

 物心ついた時には、隣にチィがいた。
 母親同士が仲が良かったから、いつも一緒だった。よく2人で抜け出して、山へ入って遊んでいた。山へ入るのは大人たちから禁止されていたけれど、チィは何故か一度も迷うことなく集落まで戻ってくる。どこまで歩いていっても、ちゃんと帰ってこられるから安心だった。
 山へ入り、目を閉じて耳を澄ませると、遠くの音までよく聞こえる。動物の息づかい、風の流れ、川の音。
 時には、木陰でそっと会っている大人たちをみつけることもあった。シュウとチィがそういう関係になるのが早かったのは、そんな姿を見ていたからだろう。
 だから、シュウにとって、チィは特別な存在だ。
 こんな考え方を、兄たちはいつも笑い飛ばす。若いうちは最初の女に固執するものだとか、そのうち飽きて他の女を抱きたくなるとか、そんな言葉を聞いていると、自分は異質なのかと思ってしまう。
 けれど、集落内には、夫婦として暮らしている者もいるのだ。
 一人前と認められるようになったら、チィを自分だけのものにする、シュウはそう心に決めていた。


 馴染んだ腕の中で、チィがあくびをする。
 鼻をつき合わせて、シュウが唇をぺろりと舐めると、チィはくすくすと笑った。
「最近、シュウ、女たちの間で人気者だよ」
 首に手を回してきて、無邪気に語るチィをじっとみつめた。
 女たちの噂にならないよう、わざと髪をぼさぼさにしてむさ苦しくしてきた。それなのに、獲物を捕りすぎて目立ってしまったのだろうか、とシュウは思った。
 チィを守ろうとする姿が、女たちの目を引いたのだとは気付いていない。
「シュウも、他の女を抱けばいいのに」
 狩りの巧いシュウの子は、たくさんいた方がいい。それが集落の発展につながる。チィは、いつもそう言い張るのだ。
 チィ自身が他の男と関係を持たないのは、シュウ以外に子どもを産みたいと思える男がいないからだと言う。それならもし、優れた男が現れたら、その男の子どもを産むのだろうか。
 シュウは、思い切りチィを抱きしめた。
「少しくらい妬いてくれたっていいだろ」
 髪に顔をうずめて、チィの匂いを胸一杯に吸い込む。他の男になど触らせたくはなかった。
「どうして? 自慢だよ。シュウの良さを最初から知っていたのは私なんだもの」
 長い前髪で隠しているが、シュウは実は男前だ。
 2人だけになると、チィは長い前髪を指で梳いて、間近で顔を見つめるのが好きだった。シュウにばれるのが恥ずかしいから、つい意地悪なことを言ってしまうが、本当は見惚れているのだ。
「でも、俺はチィがいい」
「私もよ」
 チィはそう言って、広い背中に手を回す。
 天の邪鬼な自分のことを理解してくれるのは、おばばとシュウくらいのものだ。もっと素直に気持ちを伝えられればいいのに、と自分でも思わないでもないが、性分だから仕方がない。
「チィ…」
「…その名前、嫌い」
 シュウにそう呼ばれるのは嫌ではないけれど、でもやっぱり呼ばれる度に、成長の遅い、未成熟な自分を自覚させられるのはみじめだった。
「でも、本当の名は…」
 当時、本当の名を知っているのは、両親とおばばだけ。それは、本当の名を知ることで、その人間を支配できると考えられていたからだった。
 日常では、通り名を呼び合う。チィは、小さいからチィ。シュウは、足が速いからそう呼ばれている。
 1人の相手に決めて夫婦になるときは、その本当の名を相手に尋ねるのだ。万葉集にも有名な雄略天皇の長歌がある。
『…菜摘ます子 家聞かな 名告らさね(な、のらさね)…』
 夫婦になったからといって、一夫一婦制ではないから拘束力があるわけではない。それでも、名問いの儀式は、女たちにとって憧れだった。もちろん、チィもそんな女の1人なのである。
「いいじゃん、俺は好きだよ、チィって名前」
「うん。シュウに呼ばれるのは、私も好き」
 ついばむようなキスが次第に深くなっていく。
 身体に乗っている小さな身体を抱きしめて、シュウは向きを変えた。見下ろすチィの笑顔に手を伸ばす。
 幼い頃から何度となく交わした口づけ。
 成長期の身体の変化でさえ、互いに知っている。
 馴染んだ温もりを感じながら、眠りに入る瞬間を、この上なく幸せだと2人は思う。
 夜の闇に包まれて。


 名問いの儀式をするには、長(おさ)とおばばの許しが必要だ。
 意を決して願い出たシュウに、おばばからの許可は出なかった。長も、おばばが許さないのであれば、同じ答えだと言う。
 理由を聞いても、駄目だの一言だけ。
 今の関係を続けることは構わないが、夫婦になることだけは駄目だと、強い口調で言い渡されたのだ。
『理由はいずれわかる』
 そう言われたところで、シュウに納得できる筈もなかった。
 それでも、おばばに逆らうことは許されない。
 シュウは永遠に、チィの名を知る機会を失ったのだった。

                         【次のお話をお楽しみに】


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